地獄からの生還 / 未完成VS新世界インタビュー

未完成VS新世界は2012年5月9日に3年ぶりの新譜『誰にも知られずに消えていった誰かの歌みたいに』をリリースします。
大人の事情に振り回され、バンドの体制も定まらず、病気、怪我といった苦難に満ちた3年間について、そしてようやく完成した新譜について、澤田健太郎(Vo/ G)に話を聞いてきました。(文・写真 : DJホームラン)
踏んだり蹴ったりの3年間
− 新譜の発売おめでとうございます。早速ですが、前回のリリースから3年も間が空いてしまった理由を改めてお聞かせ頂けますか?
2009年に『夕暮れ狩り』を作った後、一度は次のCDも録音してたんだよ。でも、マスタリングの前日に急にメーカーから「明日のマスタリングは中止になった」って電話が入って、さらにその一週間後にメーカーが音楽事業から撤退する事が発表されて。
− 折角レコーディングしたのにお蔵入りになったわけですか。
そう。レコ発ツアーも予定していたけど(2010年4月のライブ予定参照)、リリースが無いから単にツアーしただけになっちゃってね。そんな時、俺に出来るのは曲を書く事だけだから、とりあえず良い曲を書き続けていれば何とかなるだろう、流れに身を任せてみようと思ってたんだよ。でも、その流れが全然良くなかったんだよね。リリースしてくれる所は見つからないし、サポートでドラムを叩いてくれていた菊地が抜けて、ますますレコーディングが出来なくなって、もうどん詰まり。それが大体2011年ぐらいまでの話。
体調を崩した西日本ツアー
− それでも、2011年頃にはある程度体制が整ってきましたよね。その頃に会って話を伺った時は「今年はやるよ」と仰ってましたし。
そうなんだよ。今のドラムの大南が見つかって、事務所もバックアップしてくれる事になって、「すぐにでも録音しよう」って感じになってて。でも、そこからの西日本ツアーの時に今度は俺の体調がおかしくなったんだよね。まず、大南が初めてドラムを叩いてくれた広島でのライブの時に、気絶する程の腹痛に襲われちゃって。その時は結局病院で痛み止めを貰って、次の日の大阪のライブは体調が悪いながらに何とかこなしたんだわ。だけど、その日の夜に今度は喉が痛くなって、翌日名古屋に移動したんだけど声が全然出ないの。リハーサルで歌ってみてもすぐに声がひっくり返ったりして、まるで言う事を聞かない。リハーサルの後、病院で診てもらったら「炎症してるから声は出さないで下さい」って。歌いたいから何とかならないかって聞いても「何ともならないし、絶対に悪化する。歌なんてとんでもない」って。
− だけど、歌ったんですよね。
出番の1分ぐらい前まで悩みに悩んだんだけどね。どうしようどうしようって。でも、俺らを観に来てくれるお客さんがいる以上はやるしか無いし、このライブが終わって一生歌えなくなるなら、それはそれで仕方無い。やれるだけやろうって事で、結局3曲歌った。3曲以上は本当無理だと思って、その場でライブを切り上げて楽屋に戻って、あの時は本当号泣した。結局、その後、喉の炎症は何とか治まってくれたんだけどさ。
澤田、左手の薬指が取れる
− 散々なツアーになりましたね。
でも、折角メンバーが揃ったんだから落ち込んでもいられないし、また練習して、すぐCDを録ろうってモードに切り替えたんだよね。それで「本格的に始動する前に、一回みんなで遊んで結束を深めよう」って事になったんだわ。
− 2011年5月23日の話ですね。
うん。ベースの安田の家に集まって、親子丼を作って食べて、ツンデレカルタで遊んだりして、「おー。すげえ楽しいなー」って盛り上がって。で、23時ぐらいに「そろそろ帰ろう」って事になって安田の家を出たんだよ。その日は雨で、安田の家の外の階段が濡れてて、1段目で足を滑らせて転んだのね。その時、手すりに指を思い切り引っ掛けちゃって、直感的に「やばい、これは折れた!ライブできなくなる!」って思って慌てて薬指を見たら、もげてた。
− 骨折どころの騒ぎじゃ無いですね。
本当、完全に予想以上の事が起きてて。でも、その時は結構冷静だった。「まずい事になった」と思いつつも、ギターの海藤に「指がもげたから悪いけど拾ってきてくれ」と頼んで、ベースの安田に救急車を呼んでもらって、その間に海藤が拾ってくれた指を氷で冷したり、タオルで止血しながら、「いや、参ったな、これは」って。でも、一番落ち込んでたのはドラムの大南だったね。
− 加入したばかりのバンドのボーカリストの指が、目の前でもげたわけですからね。
うん、部屋の隅でずっと落ち込んでたわ。結局その後、救急車に乗って、指をくっつける手術をして、そこから地獄の入院生活。
1ヶ月半の入院
− 入院中はどんな生活を?
ドラムの大南がDVDプレイヤーを貸してくれたから、ずっとDVDを観てた。ベッドに括りつけられてる状態だから、飯の時もトイレの時も寝たきりで、点滴はあちこちに刺さってるわ、指は無いわ、指の手術用に足の皮を切られたりしてるわで、壮絶だったよ。寝てるからお腹は空かないのに、ご飯を残したら怒られるしさ。
− 手術は結局失敗したんですよね。
そう。最初に指をくっつけて、その状態から指の腐った部分を削っていったんだけど、なかなか良くならなくてさ。結局3回目の手術で、一度くっつけた指を、また切り離したんだよね。先生から「申し訳ないけど、このままだと薬指が全部腐って取れてしまうから、少しでも指の形を保てるように切り離しましょう」って。俺もそれ以上入院したくなかったから、指はあきらめたんだわ。それでやっと退院。
− 退院後はすぐにギターを弾き始めたんですか?
いや、最初は音楽を辞めようと思った。もうギターは弾けないし、別の仕事を探そうかな、何なら札幌に帰ろうかなって。でも、音楽を辞めてどうするか考えてみたんだけど、結局、俺、音楽以外にやりたい事が一つも無いんだよ。そこまで考えて、指が無い状態ながらにギターを弾いてみたら、めっちゃくちゃ痛いんだけど、でも、案外弾けたんだわ。練習すれば何とかなるぞって思って、そこから必死で練習して、何とかある程度は弾けるようになった。
− 最近のライブを拝見した限りでは問題無く弾けてるように感じます。
まだ昔の感覚が残ってて、コードチェンジの時に無い指が突っ張るような感じで痛くなったりするけど、当初よりは全然痛くないね。新譜も全部事故後に録音してるし。

新譜に関して
− 退院後、ライブ活動を再開して、ようやく今回の新譜の制作、完成に至ったわけですが、すごく良い作品だと思いました。どの曲もメロディと歌詞のクオリティが以前よりも高いレベルで安定している。今回の収録曲はどういう基準で選ばれたんですか?
単純に、よくライブでやってる曲を選んだ。あと、退院後に書いた曲は意識的に入れてる。総じて、現時点の未完成VS新世界を代表する曲を選んだ感じかな。
− 具体的には、どの曲が退院後に書かれたものですか?
1曲目の「生活に必要な音楽」と5曲目の「一日のうた」だね。あとは事故前からある曲。
− ライブの最後によく披露されている、ファンからの評判も高いあの曲が今回収録されていないのは何故ですか?
あれは、次のリリースの時に入れようと思って。収録しない事に特に深い意味は無いし、出し惜しみしてるわけでも無いんだけど、あの曲は、もっと多く曲数が入ってるCDの中に入れた方が活きるから。
− レコーディング時の話を聴かせて下さい。大阪でレコーディングされたそうですが、何故わざわざ大阪で?
スタジオ代が安いから。東京だとスタジオ代、エンジニア代、機材代を足していくと結構な額になるんだけど、今回録音させてもらった大阪のスタジオは格安なんだわ。みんなで車で往復して、宿泊してもまだ東京より安い。あとエンジニアがすっげー良い人で、とにかくやりやすかった。
− 合宿感や非日常感が出た事も良かったのかも知れませんね。
そうだね。楽しかった。レコーディングが早く終わりすぎて、みんなでずっとUNOしてたりね。
− エンジニアさんも交えて?
勿論。多分、レコーディングと同じぐらいの時間をUNOに費やしてたよ。UNOのおかげで良い作品が出来たね。リラックスできた。ベースの安田は撮り直しが多いから、あいつだけラインで録音していつでも録り直せるようにしておいたんだよ。それで実際安田が録り直しになったら、他のみんなは「さあ、UNOの始まりだ」って感じで。
− と言う事は、基本的に全ての楽器を一発録りで?
うん。アコギをちょっと重ねた以外は全部一発録り。
− 最後の曲でバイオリンの音が入っていませんか?
ああ、あれはギターの海藤が工夫して弾いてた。エフェクターとかも使ってないんじゃないかな。俺ら2人とも歪み系のエフェクターしか使わないし、何ならベースの安田のSANS AMPが一番高い機材だと思う。俺のギターに至っては人から借りてるものだしね。安上がりなバンドだよ。
新メンバーが加わった事による変化
− そう考えると、今回からレコーディングに参加しているギターの海藤さんの貢献度は大きいですよね。シンプルな形態のバンドながら、彼の演奏によって曲の奥行きが一気に増しているように感じます。
海藤効果はめちゃくちゃ大きいね。あいつが弾いてくれると曲のストーリー性が増すから。何も考えずに弾いてるようでいて、実はすごく考えてくれていると言うか、起承転結を考えて弾いてくれている。まあ、海藤は元々俺らが札幌で活動してた頃から一緒に演奏してたから、奴がいると力強いって事は前から分かってたんだけどさ。
− ドラムが大南さんに変わった事もバンドの音にポジティブな影響を与えているように感じます。巧い下手で言うと、以前の菊地さんの方が巧いんですけど。
そりゃ、巧いのは菊地だよ。彼は「バンドの魅力を引き出そう」という感じで職人のように頑張ってくれていたし感謝してる。でも、今叩いてくれている大南はメンバーの一員として「みんなで頑張ろう」という感じで叩いてくれてる。その分、みんなで作り上げた一体感は今回のCDの方が強い。

歌詞に関して
− 新作では、歌詞の私小説感が以前にも増して強まっているように感じました。ここで歌われている事は全て、実際に澤田さんが生活を通じて感じている事だと捉えて良いんですよね?
うん。「何も無い毎日」や、「自分は駄目だ」っていう自分の中の、あと他の人が抱いてるであろう後ろ向きな感情をできるだけ肯定しようっていう気持ちで歌詞を書いてる。
− 以前から「後ろ向きを肯定する」という事はよく仰ってましたね。
そうだね。CDを聴いてくれている人を後ろ向きに応援したいっていう気持ちは有る。嫌な事が有ったら逃げれば良いんだよって。2曲目の「奇跡も魔法も無いんだよ」のサビの歌詞で「僕は恋をしていたい」って歌ってるけど、あれだって別にガチで「恋したい」って思ってるわけじゃ無くて、恋をしていれば、とりあえず目の前の嫌な事から逃げられるじゃない?そういう、逃避の歌なんだよね。
ジャケットは榎屋克優さん
− 今回の作品を制作している時期に、何か影響を受けたものってありますか?音楽でも、音楽以外でも。
音楽関係からの影響は特に受けてない。影響を受けたっていう点で言うと、それこそ『日々ロック』だわ。あれは凄い。
− 『日々ロック』のどういう点が魅力だと思いますか?
音楽マンガ自体は今までにも有ったじゃない。でも、それらと比べると『日々ロック』は圧倒的に、読んでいて音が聴こえてくるんだよね。読んでて音が聴こえてくる音楽マンガなんて今まで無かったから、そこに一番衝撃を受けた。
− 『日々ロック』の作者の榎屋克優さんにジャケット画を描いて頂いたのは、どういう経緯からですか?
前の『夕暮れ狩り』のジャケットを描いて頂いた渡辺ペコさんの時もそうだけど、とにかく好きな漫画を描いている人にジャケットを描いてもらいたいっていうのは、ずっと夢なんだよね。それで今回はもう『日々ロック』の人しか無いなって思って、事務所の人を通じて集英社に連絡して貰って、それで描いてもらう流れになった。本当嬉しい。完璧なジャケットだと思う。
新譜への自信と今後の予定
− 今回の新譜、澤田さんの中での満足度はどれぐらいですか?
自信を持って言えるけど、完璧に満足してる。前作『夕暮れ狩り』も満足が行く作品だったけど、やっぱり後から「ああすれば良かった。こうすれば良かった」っていうのは出てくるんだよ。でも、今回のCDは録音して、ミックスの段階からずっと聴いてるけど、凄く良いCDになったと思ってる。
− 僕も、何度も聴けるし、聴けば聴くほど味が出る作品だと思います。最後に、今後の予定やレコ発ライブの意気込み等をお聞かせ下さい。
今後の予定はレコ発と日々ロックフェス以降の事はごめん、ちょっとまだ言えない。別に解散とかはしないけど。あと、レコ発ライブのチケットは毎日少しずつ売れてはいるけど、まだ余裕が有るから、迷ってる人は是非遊びに来て下さい。共演のラブ人間とひらくドアもすごく良いバンドなんで。

未完成VS新世界『誰にも知られずに消えていった誰かの歌みたいに』
発売日:2012年5月9日
品番:PTA-0004
価格:¥1,000(税込)/¥952(税抜)
- 生活に必要な音楽
- 奇跡も魔法も無いんだよ
- ユーレイみたい
- どうせ死ぬし
- 一日のうた
■リリース記念ライブ
会場:渋谷La.mama
料金:前売2000円 /当日2500円(+1D)
開場:18:00 / 開演:19:00
出演:未完成VS新世界 / THE ラブ人間 / ひらくドア